社交性とコミュニケーション能力をゴチャゴチャにして「理想の自分」を作り上げていた話。

 

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3月末にフルタイム正社員を退職して、4月から約9ヶ月間、

  1. ライターやブログ収入、イベント運営を主としたフリーランスの仕事
  2. 前職である専門職の超短時間バイト

という働き方をしてきました。

 

そんな中で

「やってみたら、思ってたのと違った」ことの1つ、“社交性”について、今の自分の気持ちをまとめてみました。

 

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「コミュ力高い」と「社交性が高い」を混同してた

誰とでも円滑に会話が出来たり、相手の気持ちを推察したりしながら、互いの意思疎通をスムーズにするための力、「コミュニケーション能力」。

 

昔から、対人関係に悩むことは少なかったし、対人関係のトラブルもほとんど無くて

だからといって自分が一方的に我慢することもありませんでした。

 

仕事をし始めてから、

このモヤッとした「コミュ力」という力を上から横から評価してもらうことが多くなり

逆にそれ以外は、平均以下の力しか無かったのですが(謙遜では無く)

コミュ力ゆえになのか、任される仕事も「まだ○年目なのに」と言われるような複雑なものになってきました。

 

ずっと「やりたい」と思っていたことを、仕事辞めてからも私はやらなかった。

思いっきり自分のコミュ力自慢みたいになってますが、

1番言いたいことは、コミュ力を褒められて少し天狗になっていたのかもしれない、ということです。

 

仕事をやめて、フリーで働くぞ、となったときに、1番最初に思っていたことは

  • ベビーや子育て世代対象のイベントを開きたい!
  • ブログつながりのある人たちとたくさん関わって、なにかやってみたい!
  • 自分の経験を生かしたワークショップ等を開いてみたい!

みたいなイベント運営系ばかりでした。

できると思っていたし、実際ブログ友達と一緒に撮影会を開くこともできました。

 

ただ、「やりたい気持ち」を最後まで持ち続けていた友人のおかげで、計3回開催できましたが、

私、一人では絶対無理でした。

 

結局「夢」に描いていたものは

一人では何も行動に起こせず、、

「果たして本当に『夢』だったんだろうか」と振り返ります。

 

本当にやりたいことだったら、9ヶ月もあったらきっと自分なら、やってるはず。

今まで『やりたくてもやらずに二の足を踏む』みたいなことは皆無で、やりたいことは必ずやってきました。

 

やりたいと思ってたことを、やろうとしない自分がいる、、、

挫折といったら、挑戦してる人に申し訳ないのですが、

私にとって、変な形の『挫折』、『自分に呆れる気持ち』がそこにありました。

 

オフ会に行けない

もっとビックリしたことは

自分でイベントを開くことだけでなく

仲間が開いてくれたオフ会にも

「ちょっと参加してみたい気持ちはあるけど、結局、参加できない。」

ことが続いたことです。

 

学生の時から、飲み会は大好きだったし、

誘われれば二つ返事で行っていたから、オフ会とかね、ガンガン行ける自分だと思っていました。

 

でも実際はダメで

『行ったら、相当なエネルギーを使うであろう自分』とか

『疲れて帰ってくる自分』を想像して

出欠をとるときに、

自分に少しガッカリしながら「欠席」を送信していました。

 

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社交的な人ばかりの社員交流会でさらに実感

今はいろんな働き方を模索している最中な私ですが、

そんなときに、フルタイム勤務している友人が、

社員の紹介者だけ参加できる、という会社説明会兼交流会に誘ってくれました。

 

行ってみれば、ザ・社交的な人がたくさんいて、食事をともにしている間は楽しく過ごせたし、会話もはずみました。

けれど

フリータイム的な時間になると

「せっかくだから」と色んな人に関わりに、話に行く人たちがほとんどで驚き。

その雰囲気に、私の中にはないものを感じました。

 

主催者の人も、「ぜひ横の繋がりを作ってください」と言っていたけれど、

そもそも、ここで出逢った人と親しくなりたい、とか、もっと話したい、とか、良い出会いがあるかも、、、という発想がなくて、

 

それはこの交流会に限らず、普段の私だなと。

人間関係の輪を広げたい、とか人脈増やしたい、みたいな欲求が皆無なんだと思います。。。

 

でも、トイレでも話しかけられるし、ポツンとしてたら誰かしらが話しかけてくれるし、「社交的な人」というのはこういう人達なのだと、周りを見ながら改めて知りました。

 

「コミュ力高い人」と「社交的な人」は別だった。

交流会は、終了時間になったら一目散に退散。近くで遊んでる夫と、息子パンくんに早く会いたかったです。

 

後ろから、交流会で少し話した男性が近づいてくるのが分かったけれど、早足で乗り込み「エレベーターの閉めるボタン」をガンガン押してました。もはやコミュ障か。笑

 

 

社交性、社交的な人ってなんだろう、と調べてみました。

しゃこうてき【社交的】
( 形動 )

積極的に人々とつきあおうとするさま。社交性に富むさま。

 

引用元:大辞林

 

改めてこう辞書で調べてみると、

「私って社交的、ではないんだな」

と実感。

 

与えられたコミュニティでの人付き合い、

  • 学生時代のクラスでの人間関係
  • 保育園のママパパとの関係
  • ブログで付き合いのある人との関係
  • 職場での人間関係

それらで苦労したことはないし

会話したり、信頼関係を築くことは、むしろ好きなことでした。

 

でも

  • 保育園ママパパと会うために、休日に集まれるような会を開こうとする
  • ブログのオフ会を開こうとする
  • 飲み会を自分で企画する

とかは、

「やろうとしてくれる人」が必ずいる中

私はその一人ではありませんでした。

 

園の行事の後なども、他のママさんと立ち話をして終了後もマッタリのんびりしているタイプではなく、

終わったら即刻帰ってしまいます。

嫌じゃないし、話すのは楽しいんですが、その輪に自ら入ろうとはしません(´`:)

 

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集団は得意じゃない

1対1のコミュニケーションは好きだけど

集団は疲れる。

 

やらなきゃいけない

やったほうがいい場面では

 

おそらく今までの人生で、

生きやすく生きるためのスキルとして培ってきたコミュニケーション能力を発揮して、

まるで社交的な人のようにできるけど、

 

自分からそういう場面を作ろうとはしない。

 

「やれ」と言われればやれる。

たくさんの人の前で話す仕事も、エネルギーは使うけど、仕事だったら結構上手くやれちゃう。仕事なら・・・

 

でも自分から好き好んで、は違ったみたいです。

 

思っていた「自分」は理想の自分だったのかも

イベント運営したり

オフ会開いたり

コミュニティを作りたい!

と思っていた自分は

 

なんとなく描く、キラキラした自分の理想の姿であって

その「なんとなくの理想の自分」は

本当の私の希望じゃなく、

 

もしかしたら、読んできた本や見てきたメディアによって作られたイメージだったのかもな、と最近気づきました。

 

半分は「挫折」です。

でも半分は、「気づき」です。

何かを手放して、ありのままの自分を知れてスッキリしました。

 

「やりたい」と思っていたことが「口だけ」で終わり、自分が「やれる人間性を持ち合わせていなかった」と認めることは、正直恥ずかしかったです。

期待したほど、自分は大した人間ではなくて、思い描いていた未来は現実にはなりませんでした。

 

「できなかった」ことは残念だったけど

そもそも、自分が好きなことと、やれることと、やりたいことを履き違えていたことに気づきました。

 

 

社交的じゃなくてもいい

わりとスッキリ手放せたのは、

「社交的じゃないけど、コミュニケーション能力が高い人」

というのが、私が尊敬する友達すべてに当てはまるからです。

 

ブログで出会った友達も、

自分からオフ会を開いたりはしなさそう(むしろ人のオフ会にも参加しなさそう)だけれど、

会話がすごく楽しくて、落ち着くのです。

 

積極的にガンガン話すタイプじゃなくても

コミュニケーションスキルの高さや、地頭の良さを感じることが多くて、

 

そういう友達を、心から尊敬している自分がいるのだから、

別に社交的じゃなくてもいいや、と

スーッとすぐに思えました。

 

机上の自己分析より、経験。

私は自己分析や他者分析が好きなので、

書籍や、分析系のプログラムとか大好きで学生時代からやってきました。

けれど、

「やってみたらわかった」とか

「環境が変わったらわかった」とか

経験から学ぶ自己認識はまたちょっと違って

「実感」が大きいんです。

ストンと腑に落ちる、みたいな。

 

コミュ力高い人、と

社交的な人は別物、なんて、辞書引いてよく考えればわかることだけど、

 

この9ヶ月間で経験とともに実感して、

今の私は「自分への期待」という荷物を降ろしてスッキリです。

 

年明け前に、ひとつ答えが出せて、よかったかな。

 

ここまで読んで下さりありがとうございました。