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宮迫さんらの謝罪会見と「麒麟の翼」

宮迫さんらの謝罪会見や

件の一連の流れを見て

亮さんの

「(吉本が)僕をファミリーだと思うなら、僕は子供だと思う。

子供が本当に悪いと思って謝ろうとしているのを止めるのが親ではないと思う。

止めるのではなく、背中を押してほしい。

どういうふうにしたら、ちゃんと謝ってくれるかを手伝ってほしかっただけです」

という言葉、

メディアもピックアップしているけれど

私も漏れなく心に残りました。

 

その台詞を聞いていると

東野圭吾さんの小説

「麒麟の翼」と

「赤い指」を思い出すのです。

麒麟の翼 (講談社文庫)

麒麟の翼 (講談社文庫)

 

 

奪う、大人たち

「麒麟の翼」

「赤い指」

どちらも

 

罪を償う機会を、大人が奪う

 

というのがキーになっていて

 

子が悪いことをしたときに

謝る機会を与えず、

謝り方を教えず、

 

それどころか

「謝るべきではない」

「謝ると余計まずいことになる」

「嘘をついたままでいい、私が守る」

と、大人が言う。

 

 

謝罪のチャンスや

罪を償う機会を失った子供たちは

どうなるかというと、

 

嘘という包帯で包まれて

無かったようにされてしまった傷が

包帯の下の見えないところで

どんどんどんどん膿んできて

 

 

本当は痛くて痛くて

きちんと治したいのに

「治したい」と誰に言えばいいのかわからず

自分が治る資格があるのかもわからず

治し方もわからなくて

 

 

「罪を自覚し、償う」機会がちゃんとあれば

そこまで広がらなかったであろう傷が

遂には身体の芯まで蝕んでいってしまうのです。

 

赤い指 (講談社文庫)

赤い指 (講談社文庫)

 

 

そして怖いのは

「同じ過ちを繰り返してしまう」

ということ。

 

“悪いことをしたらごまかせば良い”

と教えられた子供たちは

大人になってからも、同じことを繰り返してしまう。

 

「悪いことをしたとき、どうすればよいのか」

を教えてもらってきていないから。。。

 

 過去記事でも書いたけど、

www.hayabusacoffee.com

www.hayabusacoffee.com

 

子どもが悪いことをしてしまったとき

「どうすればよかったのか」

「今からどうすればいいのか」

を一緒に考えられる親になりたいな。

 

そして大事なのは

一緒に考えられる親子関係になっているのか?

ということ…(; ・`д・´)

 

宮迫さんたちは、

もう立派な大人だから

何をすべきかわかっていて

「謝りたい」と親(雇い主)に直談判しているけれど

 

我が子の場合

親からのアプローチが肝になるわけで

なかなか難しそう…(´・_・`)

 

余談

小学生のころからファンな東野圭吾さんですが

新刊

希望の糸

もなかなか考えさせられるお話でした。

希望の糸

希望の糸

 

不妊治療や、中絶といった

 妊娠に関わる話題が多く

タイムリーな内容でもありました。

 

ちなみに、「地震」のシーンも一部出てくるので

読む前に知っておいた方が良いです。

 

 

話がカナリ逸れるけれど

現在の月9のドラマ「朝顔」の第一話も

「地震」のシーンについて

ツイッター等で賛否が話題に挙がっていました。

(第一話ラスト15分のあたりでいきなり地震と津波が起きる。かなりリアリティのある描写で、予告がなかったために不意打ちでフラッシュバックしてしまった人もいたようです。被災者ではない私でも、ドキッとして心がグ―――っと締め付けられてしまうくらいの衝撃がありました。)

 

東日本大震災から8年。

最近、震災を一部取り入れたフィクションが徐々に増えてきたように思います。

 

でもやっぱり事前予告とか、

小説なら最初のページに

「一部、地震の描写があります」等

注意書きあってもいいんじゃないかと思ってしまいます。

 

震災を経験していない私でも、

嫌な意味で落ち着かなくなります。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました(*‘ω‘ *)

 

「麒麟の翼」は今アマゾンプライムビデオで

観られるみたいです。(赤い指は、アマプラ公開終了してしまっていた(´・_・`))

 でも、東野圭吾映画化作品は

祈りの幕が下りる時

真夏の方程式

が好きです。

特に真夏の方程式は、海の景色が美しくて、

小説とはまた違った良さがある作品ですよ。(*‘ω‘ *)