はやぶさCOFFEE

2015年に出産した男の子「パンくん」との日々をつらつらと書いています。 hayabusacoffee@gmail.com

「エセ」心理カウンセラーで良いんですか?

友人に、臨床心理士の子がいます。(今は、国家資格となり公認心理師という名称)

その子と少し前に話したのですが、

 

「カウンセラー」

「コーチング、コーチ」

と名乗る人が溢れかえっていることへの違和感を口にしていました。

ママカウンセラー、子育てコーチング、心理セラピストとかとか。

 

私は彼女を、中学生の頃から知っていて

中学生にも関わらず、犯罪心理や、強迫性障害というものに関心を持ち

10年以上経つ現在まで、必死に勉強し続けてきた様子を見ているので

「違和感」を持つ理由がなんとなく分かりました。

 

そしてその違和感が、先日私の中でも、すごく膨れ上がってしまったので

吐き出すように、今日は記事にさせてもらいます(>_<)

 

医師、弁護士は名乗れないけれど「カウンセラー」は名乗れる。

私がその違和感を持ったのは

「心理カウンセラー」と名乗って

傷ついたママさんたちのカウンセリングをされている方のブログを読んだとき。

 

どういう経歴で今に至ったのだろう、と何気なくプロフィールを見たら

その細かな経歴には、

特にカウンセリングや心理相談に関して学んだ経験はなく、実務経験もなく、

「相談を受けることが増え、心理カウンセラーとして活動し始めました。」

とだけ、書かれていて

 

臨床心理士や公認心理師の資格が無くても

心理カウンセラーって名乗っていいの!?

 

と驚愕したのが始まりでした。

 

ですが、調べてみると、名乗っていいみたいです。

「自称心理カウンセラー」「自称○○カウンセラー」「カウンセラー類似者」による、偽カウンセリングや高額自己啓発セミナー、およびそれによる消費者被害が問題となっている。


これは、「カウンセラー」という言葉は、「コンサルタント」「アナリスト」「エンジニア」などと同様に多分野で用いられる呼称であるため、臨床心理士などの心理職に限らず、称すること自体は業種・職種を問わず可能であることとも関わっている。

カウンセリング - Wikipedia

 

だから、公認心理師の○○です、と名乗って活動することは、

国家資格を持っていない場合、違法。

けれど、心理カウンセラーの○○です、と名乗ることは

無資格でも、経験がなくても、OK。

私が明日から、

 

「心理カウンセラーのマキロです。子育ての悩みについて専門的にアドバイスします。」

「起業コンサルタントのマキロです。ママの起業について専門的にコンサル致します。 」

 

と言ってもOKということです。

知らんけど。( ´ω`)

 

 

医師、弁護士、看護師、助産師は、そういう類似する呼称がないため

きっちり境目がわかりますよね。

 

けれど、臨床心理士や公認心理師って、

求人募集でも「心理カウンセラー職」で募集されていたり、

「カウンセラー」っていう呼称がものすごく近い場所にある。

 

だから、境目があいまいになり、

自称、なのか

専門的な訓練を積んできた資格保持者なのか、

一般人には分かりにくい。

 

資格があればいいってものじゃないけれど。

たとえば、

自らも聴覚障害を持ち、

聴覚障害のお子さんを育てているママさん。

そこらにいる障害専門の認定心理士の方よりずっと

「聴覚障害の世界」に詳しかったりします。

その方しか聞けない相談を引き受けていたり、

聴覚障害を生きてきたからこそわかる物の見方、生き方を知っていたりします。

 

だから、そういったママさんが

ブログ等で、「同じ悩みを持つママさんの相談に乗る」のって

インターネットの持つ力だし、

私はそういうマッチングがあらゆるところで起きればいいな、と思っています。

 

だけど、

もしそのママさんが

「聴覚障害専門の心理カウンセラー○○です。」と名乗っていたら

それは違うんじゃないか…

と思ってしまう。。。

 

アドバイザーは常にニュートラル(中立)でなければならない

先に話した公認心理師の親友の様子を見ていると

仕事としてプロとしてやっている彼女は

カウンセリング中

「自分の私的な価値観を排除する」ことを徹底的にやっているように思います。

 

カウンセリング中に、自分の経験自分の価値観自分の考え

本来入れてはいけないんです。

カウンセラーは中立であらねばならない。

私の中でこの中立とは、いろいろな価値に対して中立であるということを含んでいる。

クライエントが自分の価値観において、人生の道を選び歩んでいく。

カウンセラーの価値観において導くのではない。

面接場面を利用し、語ること共感されることで、より自分の考えや選択を明確化していき、クライエントは自らの人生を自ら選び取っていくのだ。


クライエントが考え、迷い、選ぶこと、すべてクライエントのものだから、そのすべてを、カウンセラーの個人的価値観をはさまず尊重しなくてはならない。そのすべてを尊重し耳を傾けクライエントの能力を信頼していると、クライエントは自分自身で人生を再体制化していく。

引用元:トラウマを持つ人へのカウンセリングにおける中立性の問題[論文]女性ライフサイクル研究所

 

けれど、

先述した、

ある特定の分野にものすごく詳しくて、

自らも大きな経験をしている人

は、

そこに対して、

気持ちは入るし

自分の経験は語りたくなるし

自分の価値観を排除するのは、難しいと思います。

だってそこに悩み苦しみ、愛を注いできたのだから。

 

自称カウンセラーにならずに、唯一無二の「先輩ママ」であってほしい。

何が言いたいかって

心理カウンセラーと名乗ってカウンセリングの仕事するんなら、

カウンセラーとしての訓練を受ければいい。いや、ちゃんと受けてほしい。

 

 

けれど、

先輩として、

他の人は経験できないような具体的で貴重な経験をしていたり

知識も豊富で、思いも強いのなら

 

「先輩ママ」でいいじゃないか、ということ。

 

「自称心理カウンセラー」よりずっと

必要とされると思うんですが。

 

そこを「心理カウンセラー」とか

カタカナの、よくわからないカッコイイ名前つけて

専門家っぽく一線引くより

「寄り添ってくれる」近所のオバチャンとか親戚のオバチャンみたいな

雰囲気を出した方が、私は良いと思うのです。

 

そういう人が増えてほしいです。

※特定の誰かを攻撃したいわけではありません。

 

カッコイイ肩書きが無くても

必要とされる近所のオバチャンは沢山います。

私もそういう存在になれるように頑張りたいです。

 

久しぶりの語り系でした。