「自分に正直に生きる」の片鱗

大学生の時

「科目A」の単位を卒業までに取らなければならなくて(卒業要件なので、取らないと留年)

大学3年の受講のタイミングで

学科のみんなと一緒に

「科目Aの中から、火曜日の2限目、B先生の授業」を選択した。

科目Aの単位を取るためには、

いくつかの授業の中から好きなものを選べたのだけど、他の教科の兼ね合いで、その時間、その授業しか選択できず、

選べない形でスタートした。

 

それで・・

いざスタートしたら、

授業は実演が多いものだったんだけど

授業のやり方に、ちょっと不快さがあって。

 

学科の子たちも「なんか嫌だね」と言っていた。

 

 

全12回くらいの授業だったと思うんだけど

2〜3回出席して、もう受けないことにした。

 

友人たちに「火曜日の科目A、わたし切ることにしたよ(単位取得を捨てる・諦めるの意)、来年がんばるわ〜。」

と言ったら

 

めちゃくちゃ驚かれ、そして笑われた。笑

 

 

翌年、別の先生の授業を選んで「科目A」の単位を無事取得した。

 

でも実際、卒業年の4年になって

「卒業のための必須科目」の授業を受けているのは

多分、学科内では私しかいなかったんじゃないかと思う・・

(みんなちゃんと計画的に、余裕を持って、単位を取り終わらせていた)

 

 

 

はたから見たら背水の陣。

 

 

思い返せば

1年生、2年生、3年生、4年生

と学年が上がるたびに

「さすがマキロ😂」とか

「マキロちゃんやっぱ面白いわ」

って言われる確率が増えた気がする。(その言葉にはちゃんと愛があったから大丈夫w)

 

 

 

流石に4年の時に同じ状況になっていたら

不快さに耐えて、何がなんでも受け続けていたと思うよ。

たった1単位のために、留年するなんてもっと不快だから。笑

 

 

でも

 

正当な逃げ道があるのに、

「今の不快」に耐えることは、出来ない。

逃げ道、近道、休憩時間

権利としてあるなら、ギリギリのところまで使って

「今」の不快をできるだけ排除して生きていたい。

 

正直「誰にも迷惑かけてないじゃん!」って思えることは

すごく自由人だったと思う。

 

 

片鱗は結構昔からあったんだなと、気づいた本日。

 

(多分、かなり心配はかけていたと思う。ごめんなさい😂)